Cobalt

### 概要 コバルトは、耐熱性、耐摩耗性、耐食性に優れ、磁気特性を持つことから、幅広い産業分野で利用されています。最も注目されている用途は、電気自動車 (EV) やスマートフォンなどに使われるリチウムイオン電池の正極材（例: コバルト酸リチウム $LiCoO_2$、三元系正極材 NMC, NCA）です。その他、ジェットエンジンやガスタービンの部品に使われる超合金（耐熱合金）、強力な永久磁石（アルニコ磁石、サマリウムコバルト磁石）、ガラスや陶磁器を青く着色する顔料（コバルトブルー）、化学反応を促進する触媒、切削工具などに使われる硬質合金（超硬合金）、さらには医療分野（ビタミンB12の構成要素、放射線治療）にも不可欠な元素です。しかし、産出が特定の国（コンゴ民主共和国）に極端に偏在しており、採掘現場における人権問題も指摘されるなど、供給上の課題が多い戦略的に重要な金属です。 ### 原料と製法 コバルトは、単独の鉱床から採掘されることは少なく、主に銅やニッケルの鉱石に含まれる副産物として生産されます。 | 要素 | 詳細 | | :-------- | :----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- | | 主な原料 | 銅鉱石（例: カッパーベルト地帯の硫化銅鉱）、ニッケル鉱石（例: ラテライト鉱、硫化ニッケル鉱）。主要なコバルト鉱物としては、キャロライト ($Cu(Co,Ni)_2S_4$)、リンネ鉱 ($(Co,Ni)_3S_4$)、輝コバルト鉱 (CoAsS)、コバルト華 ($Co_3(AsO_4)_2·8H_2O$) などがある。 | | 主要産出国| コンゴ民主共和国 (DRC) が世界の産出量の約7割を占め、圧倒的なシェアを持つ。次いでロシア、オーストラリア、フィリピン、キューバ、カナダなどが続く。 | | 製錬方法 | 銅やニッケルの製錬プロセスに伴って回収される。湿式製錬（鉱石を酸などで溶解させ、溶媒抽出やイオン交換でコバルトを分離・濃縮し、電解採取で金属コバルトを得る方法）が主流。乾式製錬（溶錬、精錬）も用いられる。精製されたコバルトは、電気コバルト（カソード）、粉末、ブリケットなどの形態で供給される。 | ### 加工方法 精製されたコバルトは、そのまま、または合金や化合物の形で利用されます。 - 合金材料: ニッケル、クロム、タングステン、モリブデンなどと組み合わせて、超合金、磁性合金、硬質合金、耐摩耗合金などが作られます。これらの合金は、航空宇宙、発電、自動車、工具などの分野で重要な部品材料となります。 - 化合物として利用: 酸化コバルト、水酸化コバルト、硫酸コバルト、炭酸コバルトなどの化合物が、リチウムイオン電池の正極材原料、顔料、触媒、飼料添加物、乾燥剤（塗料用）などに用いられます。 - 金属粉末: 粉末冶金法による部品製造（硬質合金など）や触媒の担体として利用されます。 ### コモディティ取引と市場 - コバルトは、LME（ロンドン金属取引所）で取引されており、その価格は国際的な指標となっています。CME（シカゴ・マーカンタイル取引所）などでも関連する先物取引が行われています。 - 取引形態: LMEでの取引のほか、生産者と需要家間の長期契約やスポット（現物）での相対取引も活発に行われています。 - 価格変動要因: - リチウムイオン電池の需要動向（特にEV市場の成長速度） - コンゴ民主共和国の政情、政策（鉱業法、輸出規制など）、インフラ状況、ASM（手掘り鉱山）からの供給量 - 航空宇宙産業の景気動向（超合金需要） - 中国における精錬能力と需要 - コバルトフリー電池など代替技術の開発・普及状況 - 投資ファンドなどによる投機的な売買 - 特性: レアメタルであり、供給が地理的に極めて偏在していること、主要用途（EV電池）の需要が急拡大していることから、価格変動が非常に大きい（ボラティリティが高い）という特徴があります。供給途絶リスクや価格高騰リスクが常に意識される金属です。 ### 環境への影響と倫理的課題 - 鉱山開発における人権問題: 最大の産出国であるコンゴ民主共和国では、労働者の安全が確保されない劣悪な環境下での手掘り採掘（ASM）が広く行われており、児童労働や強制労働、低賃金などの深刻な人権侵害が国際的な問題となっています。これらは「紛争鉱物」と同様の観点から問題視されています。 - 環境汚染: 鉱石の採掘や選鉱、製錬プロセスにおいて、重金属や化学薬品による水質汚濁、土壌汚染、大気汚染（粉塵、亜硫酸ガスなど）が発生する可能性があります。特にASMでは環境管理が不十分なケースが多く見られます。 - サプライチェーンの透明性と責任ある調達: 人権侵害や環境破壊に関与していないコバルトを調達するため、企業に対してサプライチェーン全体でのデューデリジェンス（リスク評価と対応）実施が求められています。RMI (Responsible Minerals Initiative) などの国際的な枠組みを通じて、トレーサビリティ確保や監査の取り組みが進められています。 - リサイクル: 使用済みリチウムイオン電池などからのコバルト回収・リサイクルは、資源の有効活用、供給リスクの低減、環境負荷の削減、倫理的課題への対応といった複数の観点から非常に重要であり、技術開発と社会システムの構築が進められています。 ### 関連用語 - リチウムイオン電池 (Lithium-ion battery) - 正極材 (Cathode material) (例: $LiCoO_2$, NMC, NCA) - 超合金 (Superalloy) - 永久磁石 (Permanent magnet) (例: アルニコ磁石, サマリウムコバルト磁石) - コバルトブルー (Cobalt blue): 青色顔料 - ビタミンB12 (Vitamin B12 / Cobalamin): コバルトを含むビタミン - コンゴ民主共和国 (Democratic Republic of the Congo, DRC) - ASM (Artisanal and Small-scale Mining): 小規模・手掘り鉱山 - 責任ある鉱物調達 (Responsible Sourcing / Due Diligence): 倫理的な鉱物調達のための取り組み - レアメタル (Rare metal) / マイナーメタル (Minor metal) - 戦略物資 (Strategic material): 産業や安全保障上重要な物資 - カッパーベルト (Copperbelt): アフリカ中南部の銅・コバルト鉱床地帯